Home / 注文住宅 / 私は注文住宅でマイホーム建築をしました

私は注文住宅でマイホーム建築をしました

私は会社に勤務して18年目の会社員です。私の家族は妻と小学生の子供が二人います。私は注文住宅で一戸建てのマイホームを建築するために、昨年に住宅街の中に土地を購入をしています。そして今年の初めには、建築設計事務所にお願いをして、注文住宅の建築設計をお願いをしました。二ヶ月ほどかけて、私たちと打ち合わせをしながら、建築設計は完成しました。私は建築会社に私の注文住宅の建築見積もりをしてもらいました。

私は建築資金が不足していましたので、銀行からの住宅ローンの融資を受けて、建築会社に私の注文住宅の検知子工事を発注をしました。工事はお盆前に完成して私たちは一戸建てのマイホームに、引越しをしました。私タイ家族は今は新居に住んでいます。子供たちは新しい自分の部屋をもててとても喜んでいます。そして妻は、新しいキッチンで毎日楽しそうに、料理をしています。私はマイホームの返済はありますが、とても毎日が嬉しくて楽しい生活です。

友人が建てた注文住宅

友人は今から10年ぐらい前に、注文住宅を建てました。友人の建てた注文住宅は、輸入住宅で、工法はツーバイフォーでした。輸入住宅は、無垢の木材をふんだんに使っていて、とてもリッチな感じがする造りです。友人の建てた家は2階建てで、延べ床面積は50平方メートルほどある、広い家になりました。注文住宅の床材は、全て無垢の木材によるフローリングで、2階の子供部屋のフローリングにはコルク材を使っていました。

コルク材のフローリングを見るのは初めてでしたが、歩いた感じが、柔らかめで、とても心地よい感じのフローリングでした。また、元々天井が高いところに、吹き抜けも造っていましたから、一階の床から吹き抜けの天井を見ると、ものすごく高く感じました。友人の注文住宅は照明にもこだわっていて、全てダウンライトでした。吹き抜けの天井部分のダウンライトは交換するのがとても大変だろうと思いますが、そのこだわりには脱帽する気持ちになりました。

参考:https://home-kensetu.com/komuten/2×4-maker.html

もう一度注文住宅を建てたい

私は今から15年前に注文住宅を建てましたが、はっきり言って失敗したと思うところも結構あります。具体的に注文住宅を建てて、失敗したと思うところは、我が家は2階建てですが吹き抜けがないところです。我が家は吹き抜けがないために、部屋の中が暗いのです。私は、家を建てる前から部屋の中は明るい方が好きでしたが、吹き抜けを造るとその分、2階の居住スペースが減ってしまうために、吹き抜けにしなかったのです。2階の居住スペースは寝室と子供部屋で、今になって思うと、それほど広くなくても良かったと思うのです。

寝室などは特に、寝るだけの部屋ですから、ベッドが置けるスペースがあればそれで良かったように思います。それと、一階にある和室は、必要ありませんでした。和室を作るくらいならば、その部分に洗濯物などを干すことができる部屋を作った方が良かったと思います。梅雨時などは我が家ではリビングルームで洗濯物を干していますが、この洗濯物は見ていてとても不快に思うのです。もう一度注文住宅を建てる機会があれば、もっと良い家ができると思います。

ローコストで建てた注文住宅

我が家は注文住宅でマイホームを建てました。我が家はごく一般的な家庭なので、マイホームを持つのは夢でしたが、注文住宅を建てるのは不可能と思っていました。ですから、マイホームは建売住宅を検討していました。家の購入を本格的に考え始めた時、何気なく寄った住宅展示場である会社の家に入った時に、営業の方から注文住宅についてお話を聞くことができました。

注文住宅はやはり自分たちの好きなように家をデザインできるので、こだわれば、こだわった分、やはり値段はそれに比例して高くなるものだが、でも、逆にいえば、自分たちが不要と思うものは排除できるので、その分コストを下げることも十分可能で、予断が低い場合でも注文住宅を建てることは可能だと教えてくれました。その会社はローコストでも住宅が建てられるようなプランを用意しており、20代の若い夫婦でもその会社では多くの人たちが家を建てているのだそうです。

この話を聞いて、もっと詳しく話を聞いてみようと思いました。私たちが家を建てようと思っているところは、わりと田舎だったので、土地は安く購入できることから、十分予算内で家を建てることが可能とのことでした。ローコストに抑えられるように様々なアドバイスもいただき、でも、こだわりたいポイントにはしっかりとこだわりを入れ、自分たちなりの理想の家が完成しました。

私は念願の注文住宅の家を手に入れました

私は47歳になる中年男性です。今はみちのく東北に住んでいますが、生まれは関東の港町です。私の父は港町で注文住宅の家を建てる夢を持っていましたが、都会で土地と家を購入するのは無理だと断念したようです。その結果家族でみちのく東北に引っ越してきました。父は夢をかなえるため頑張っていましたが、突然の怪我のため夢をかなえるどころか、家族が生活するので精一杯の生活でした。私も家庭状況を理解していたので、アルバイトをしながら高校に通い無事卒業することができました。

今では昔の苦労が頑張れる要因になっていることは間違いありません。私は結婚して20数年経ちますが家内と中学生、小学生の娘の4人で生活していますが、父の夢だった注文住宅も7年前に建設することができました。まだ住宅ローンも残っていますし、これから娘たちの教育費もかかり、出費が増すばかりですが子供たちが世間並みに生活でき、苦労しないよう頑張っていきます。

参考:https://www.hng.ne.jp/theme_list51.html